《回想》初めての低血糖昏睡

発病後数年は、低血糖になった時は
冷や汗が出たり
集中力がなくなったり
気分が悪くなるなど
低血糖だということをすぐに感知していました。

夜中でも、寝苦しくなるから分かるんだ
と言っていました
血糖値30だとか、40のぎょっとするような数値が出ても
何ともないこともあり
「僕は、低血糖に強いのかなあ」なんてのんきなことを言っていました。

しかしそれは大きな間違いだったことに気が付いたのは
発症から5年を過ぎたころでした。

その日
深夜3時ごろでしたか
ただならぬ気配に飛び起きた私は(どうただならなかったかは、後日判明)
隣室に寝ている夫の様子を見にいきました。
その頃夫は、ベッドだと腰が痛いと言って
隣の部屋に布団を敷いて寝ていました。

「どうかした?」
呼びかけても返事がありません。

「ン?気のせいだったかな」
と思いつつ
廊下からの灯りで様子を伺ってみると
布団からずり落ちているみたい
掛け布団もはだけている。
・・・・・何かおかしい

そばによって見て仰天しました。

目は開いているのです
目が開いているのに意識がない!!ゾーーーーッ
一瞬死んでるのかと思いました。
「うそでしょーーー!」
名前を呼んで、揺さぶっても無反応

これが話に聞く低血糖昏睡!?

怖くて、歯がガチガチいいました。

その当時は息子が家にいましたが
若い子の睡眠って深いんですね。
すぐそばの部屋で母が叫んでいるというのに
「お父さんが大変!救急車呼んで!」と
たたき起こしに行くまで気づかないんですから。

息子が119に電話している間に
私は常備しているファンタグレープを
食いしばっている歯の隙間から流し込みます。
歯並びが悪くてよかった

もちろん大半がこぼれますが
少しは入るらしく、時おりのどがごくりと動きます。

どうぞ死なないで!
日ごろの憎らしさなど忘れて思っていました。
そんな時でも布団が汚れないよう
バスタオルをしっかり巻きつけている妙に冷静な自分がいました。

そして
ピーポーピーポー
遠くに救急車の音が聞こえて来た頃
うつろに開いているだけだった夫の目が少し動きました。
「あっ、目が動いた!」
でも、目はうつろなままです。
呼びかけにも答えません。

そうこうしているうちに
救急車が到着
「Ⅰ型糖尿病の低血糖昏睡です、ジュースを飲ませました」
などと救急隊員に説明していると
夫が体をもぞもぞ動かしだしました。
ジュースの糖分が少し回ってきたのでしょうか
とても苦しそうです。

担架で救急車に運び込んだり
受け入れ病院との連絡などにかなり時間を取られました

救急車の中でも、意識はまだ戻りません。

幸い、うちから歩いて2分ほどのところにある病院が
受け入れてくれることになりました。
何しろ歩いて2分ですから
サイレンを鳴らす暇もないほどで
すぐに救急病棟に運び込まれました。

そして、救急病棟のベッドに横たえられて
「poco夫さん」
と医師に呼びかけられた時には
「ハイ」
とかなりはっきりした返事が返ってきました。
そして「何があったの?」と驚いています。
血糖値は59

ああやれやれ、生還したと
ホッとして、足から力が抜けていきました。

ブドウ糖と、生理用食塩水の点滴を受け
とりあえず一晩(といってもあと数時間)様子を見ましょうということで
緊急用ベッドに落ち着きました。

「僕はもう大丈夫だから帰っていいよ」
と、夫は言いますし
私がそばにいたら寝にくいかなと思い
とりあえず帰りましたが
初めての経験で、こちらも興奮状態ですからとても寝られる状態ではありません。
テレビをぼんやり見ながら朝を待ちました

夜が明けるのを待って
着替えや靴を持って様子を見に行きました。

本人もショックだったのでしょう
あれから全然寝られなかったとのこと。
もっとも、看護師さんが
たびたび血糖測定や様子を見に来るので
おちおち寝てもいられなかったでしょうが

朝8時の診察で特に問題なしなので帰っていいとのこと
「車で迎えにこようか?」と言ったら
「走ってでも帰れる」ですって

それからうちで朝ごはんを食べて
何事もなかったかのように出社しました。

数時間前まで意識不明だったのに・・・・

それまでは、話に聞くだけで他人事のように思っていた低血糖の怖さを
はじめて痛感した夜でした。

そして、これが引き金のように
夫は、それ以後たびたびの重症低血糖に見舞われることになったのです。








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《回想》電車内で低血糖事件

5年を過ぎた頃から起きだした無自覚性低血糖
そのたびに、胃が痛くなるほどの心配をしました

電車の中で起きた低血糖もその一つです。

夫は、会社会社を出る時に
いつも帰るメールをしてきていました。

メールが来てから1時間20分ほどで家に帰ってきます。
それはもう、毎日きっちり

その日も帰るメールは届きました。
ところが、帰宅予定時刻を過ぎても帰ってきません。
アレッ、どこかに寄ったのかな?
でもそれなら連絡してくるはずだし・・・

携帯に電話を入れますが出ません。
おかしいな

10分が過ぎました。
またしても携帯はつながりません。

20分・・
30分・・・

何十回も電話しますが

出ません・・・・・・

胸がドキドキしてきます。

とりあえず、駅まで行ってみよう
駅の中で気分でも悪くなったのかもしれない
駅員さんに断ってホームまで見に行きます。

当然ながらいません。

40分・・
50分・・・・

時間はどんどん過ぎていきます。

何かあったに違いない!
どうかなってるに違いない!

どこに行ったの!
どうしたらいいの!
どこを探せばいいの!

誰かお願い電話に出て!

携帯を握って
ただウロウロするばかりです。



何度目の電話だったでしょうか

つながった!!

「もしもし!」
の呼びかけに返ってきた声は
心のどこかで予期したとおり本人ではなく
女性の声でした。

「あのー奥さんですか?」と遠慮気味の声
「ハイ!そうです!」
「改札のところで、ふらふらしてたから・・・・」
「本人の様子はまだ変ですか!?そこはどこですか?」
「はぁ、△△駅ですけど
 なんかわけのわからないこと言ってます」
「よく電話に出てくださいました。ありがとう。
 近くに自販機がありますか?
 申し訳ありませんが、そこで何かジュースを買って飲ませてください」
「何でもいいんですか?」
「ええ、甘いものならなんでもいいです
 私は、すぐそちらに向かいますので」

若い感じの声に、頭を下げながら続けます。
「で、もしお急ぎでないなら、私が着くまで一緒にいてもらえませんか」
「いいですけどぉ~」
「すみません
エーッと、20分くらいかかるかと思いますが・・・・よろしくお願いします!」

そこはうちの最寄り駅から、いくつも過ぎた駅です。

ちょうど帰ってきた息子の運転で向かいます。
安否がわかって、体中の力が抜ける思いです。
それと同時にだんだん腹が立ってきます。

何で、そんなになるまで補食しないのよ!
おかしいと思ったときに飴玉一個放りこめばいいのに!
カッカとしている私に
「お父さんにはお父さんの事情があったんやろう」
と息子は寛大です。


そこうするうちに△△駅に到着

電話に出てくれたのは女子高校生でした。
仲間らしい男女数人の高校生の前の階段に夫が座り込んでいます。
あらま、手には缶コーヒー!
ジュースって言ったのになあ。
まあええか、おじさんやし、コーヒーがいいかなって思ったんでしょう。
無糖でなくてよかった。

普通大人なら
電話が鳴ってるのに出ないでフラフラしてる人がいても
なかなかそのカバンを開けて、携帯を取り出すことは出来ませんよね。

まつげが重そうなほどマスカラどっぷりつけた女の子たちに
だぶだぶズボンを腰までずらした男の子
普段なら眉をひそめて見てしまいそうな子達ですが
ホントによくぞ電話に出てくれました。

「ありがとう、ほんとに助かりました」
心の底からお礼を言いながら
「いいですっ!」って遠慮する高校生たちに
「ジュース代だから」とお札を渡しました。

夫は、というと
まだ、完全に戻っていないようで
ちょっとボーっとしています。
家に帰る車の中で
息子が買ってきたコンビニのおむすびを食べて
徐々に復活

状況を聞くと
帰りの電車に乗った頃には低目を感じていたとのこと
補食しなければと思っているうちに
急激に下がってしまったらしいのです。

「迷惑かけたね」の言葉に
「それだけなの?」と言いたくなります

体中の力が抜け落ちたように思うほど疲れてるのに

でもまあ、無事でよかったと安堵した夜でした。


《回想》2度目の低血糖昏睡

最初の低血糖昏睡を起こした時
隣室で寝ていたにもかかわらず
私がなぜ気づいたのか・・・・
後でいくら考えても、よくわかりませんでした。

「隣の部屋に寝てるのにねえ
なんかただならぬ気配を感じて感じて目があいたんよ」
という私に
「さすがやね~!」「愛の力やわ」と
友人達は半ば感心、半ば揶揄しながら言っていました

でも、それが愛の力でなかったのは
2度目の低血糖発作の時に判明しました。

初発作から10ヶ月ほどたって、多少気も緩んできたある日の深夜

ぐぁ~~~
というすさまじい叫び声

そう、はじめての時も
この声が聞こえてきたのでしょう
その時は、気が動転していたので
あとで振り返っても何で気がついたのか分からなかったのです


さて、飛び起きた私の目に映ったのは
半身をのけぞらしベッドから落ちそうになっている夫の姿でした。
前回と同じく、目は開いていますが無反応

この日は娘がいました。
二人で、硬直した夫の体をベッドに引きずり上げ
ジュースを流し入れます。

これって、器官にはいるかもしれない危険な行為だというのは
前回の発作の後知りました。
だから、今回は誤飲しないように
頭をちゃんと上げて飲ませます。
2回目ともなると、落ち着いたものです

娘は119に電話
連係プレイもバッチリ

後は前回と同じような経過をたどりますが
今回は運び込まれた病院の救急担当医が最悪でした。


どう最悪だったかはまた後日ご報告したいと思います

《回想》最悪救急医

低血糖昏睡で運び込まれた深夜の救急病棟

夫は救急隊員と看護師さんの手で
テキパキと処置室に運び込まれました。

そこにヌ~~ッと現れたのは
寝ているところを起こされたといわんばかりの
いかにも迷惑そうな顔の医師

救急隊員の方が症状、私がジュースを飲ませたことなど伝えます。
医師は目線を合わせず
「聞こえてるの?」といいたくなるほど無反応

その後
私は手続きのため受付へ。
救急隊員の方にお礼を言ったりして
ひとしきりしてから処置室に戻りました。

当然
今頃はブドウ糖の点滴が始まって
意識も戻りつつある頃かな、と思いながら・・・・

ところが



まだ何の処置も始まっていません。

意識の戻りきらない夫の横に
ドクターはボヤッと突っ立っているだけ・・・なのです。

夫の腕には、すでにゴムチューブが巻かれ
点滴液も用意されています。
勝手の分かった看護師さんは
今すぐにでも注射できるような体勢なのに・・・・

あれっ!?と言う顔の私に
ドクターは、よく聞き取れない声でなにかモゴモゴ説明を始めました。
あまり長いので、看護師さんは少し困った顔で
夫の腕に巻いていたゴムをはずしました。
そして長~い説明が終わった後
「どうしましょうか?」って言うのです。

はあ?どうしましょうかって・・・・
私が決めるんですか!?


思わず声が裏返っちゃいました。
「そ、そ、そんなこと言ってません
アーだしコーだし何とかだし
点滴しましょうか、どうしましょうって言ってるんじゃないですか!!」
とまたよくわからない事を言ってドクターはいきなり怒り出します。

何なのこの医者!

低血糖で意識混濁の人を前にすることは
血糖値測定と血糖値を上げることでしょうが!
どうしましょうって家族に相談持ちかけてる場合か!

処置してもらうために来たんですから
さっさとしてくださいっ!!

と叫んでしまいました。

ご家族の方は待合室でと看護師さんになだめられて
その場は離れましたが
あのドクター、ちゃんと点滴できるのだろうかと心配になってきます

「病院に文句言ってやるーーーー!!!」と
腹の虫のおさまらない娘をなだめているところに
処置を終えた当の医者がやってきて
「先ほどは失礼しました」とこれまた蚊の鳴くような声

後からやってきた看護師さんは
「いろんな先生がいますからね・・・」と苦笑いです。

いろんなって・・・そりゃいろんな人はいるでしょうが
あんな人が医者だなんて。


後日その病院の関係者に聞いたところ
あの医師は極め付きのダメ研修医だとか

きっと1型糖尿病患者を診たのも初めてだったのでしょう。

あれから3年ほどたっていますから
彼は今頃は一人前の医師として
どこかの病院にいるかもしれません。

怖い話しだ


《回想》会社で低血糖昏睡

深夜の低血糖昏睡から始まった
無自覚低血糖頻発時期の3~4年前には
注意を払っていたにもかかわらず
ついに会社内でも起こしてしまいました。


ある日の夕方
スーパーで買い物中に携帯が鳴りました。
待ち受け画面には夫の名前。
あれ、遅くなるって連絡かな?
と思いつつ、送話ボタンを押します。

「もしもし?」
聞こえてきたのは、男性の声でしたが夫ではありません。

瞬間
低血糖で何かあった!
と思いました。
過去に電車内低血糖事件がありますので・・・・

案の定
会社の方からの連絡で
様子がおかしいので、今救急車にきてもらったとのこと。
うちに電話しても留守なので
携帯を探し出してかけて下さったのだとか。

「Ⅰ型糖尿病の低血糖発作ですので、救急隊員にその旨伝えてください」と言います。
イチガタトーニョービョーですね?」
テーケットー?

我々にはなじみの言葉でも
何も知らない人にとっては、初めて聞く言葉なのでしょう。
何度か聞き返されます。

恐縮しながら、すぐ駆けつけると伝えますが
会社までは車を飛ばしても、小一時間はかかる距離です。
帰りのラッシュにひっかる時間だから、もっとかかるかも。
まあ今さらあわてても仕方ないかとは思うものの
気が急きます。

夫の病気を知っている人でも
こんなことが起きるとはご存じないでしょうから
さぞかし驚かれたことでしょう。
だから常々
周りの人にちゃんと病状を伝えておいてと言ってたのに


病院に着いた時には
意識が戻った夫が
「やっちゃったよ」と頭をかいていました。

これがまだ会社内でよかった
道や電車内(すでに経験済み)だったら大変だったと
会社の人は、励まして下さいましたが
夫はいたく責任を感じたようで
こんなことがまたあったら、辞めなきゃいけないなあ
と、帰りの車の中は暗い表情でした。

もう2度と起こしちゃいけない!
と、気を引き締めたはずなのに
会社内での低血糖昏睡
その後何度か起こしてしまうのです。

《回想》状況は変えられるのか?

夫は2年半ほど前までは
発病当時の医師の指示のまま
速効型のRを朝夕2回、そして昼に混合型30Rを打っていました。
就寝前はなしです。

とても変則的なうち方だったらしいのですが
ただ、それでもそこそこのHbA1C(6.5前後)だったので
転勤に伴って次に変わった病院のドクターからも
変える必要はないでしょうと言われ
10年前に指示されたインスリンと打ち方そのままできていました。

でもその数値は
たびたび低血糖を起こすほどの
ギリギリコントロールの結果であり
本人の努力と、家族の不安に支えられたものでした。

昏睡で、救急車で運ばれたことを伝えても
医師からは
「気をつけてください」という言葉だけで
特にそれを改善するためのアドバイスは、何もありません。

低血糖を減らすための策を教えてもらってくるかと
検査日を心待ちにしていた私は
いつもガッカリ
「気をつけて下さいくらいなら誰でもいえる!」と憤ったものです。

このまま
夫の低血糖を心配しながらの日々が続くのか。
何とかできないのか・・・

しかし
周りに相談できる同病の人もいません。

夜毎、パソコンでIDDMの情報を探しました。
そうしたら
最近発病した人は、みんな夫のとは違うインスリンを使っているよう・・・・

ログ?ラピッド?

ランタスに変えたという記述も多い・・・・・
ランタスってどんなお薬なんだろう・・・・

そして、みんな短い期間どんどんHbA1cを下げている!

「僕がこれだけ苦労して、何度も低血糖を起こしながらこの数字なのに
この人は、なんでこんな数値が出せるんだ!」
コクボさんの素晴らしいコントロールを見て、夫は羨望のまなざしで言いました。

インスリンを変えたり、打つ時間を変えることで
何とかできるんじゃないか。

先生に頼んでみたら、と
何度も夫に言いました。

夫は
インスリンを変えるとなると
きっと何日も教育入院しなければならないだろう
仕事の都合でそんなことはできない
もし変えるなら、退職してからだ、の一点張りです。

あと数年、このままの状態で行くしかないのか・・・


そんな状況を変えるきっかけになったのが
皮肉にも、またもや会社で起こした低血糖発作だったのです。

《回想》ランタスとの出会い

2006年3月のことです

「もしもし、○○社のAと申しますが・・
ご主人の様子がおかしいのですが」
と夕方の電話

うぁー、またもや会社で低血糖か

意識はあるがボンヤリしているらしい
前回の低血糖発作
夫の病気のことはすこし分かって下さった方らしく
ジュースを飲ませてくださったとか

「たびたびご迷惑かけて申し訳ありません
机の中にキューブを入れているはずなんですが
3個(ジュース飲んでるからそれくらいでいいかな)食べさせてもらえますか?
私はすぐにそちらに向かいます」

携帯と財布を握って、車に飛び乗る。
会社まで、車で1時間近く。

途中会社に電話を入れる
「どんな様子でしょうか?」
「何かとても苦しそうで、少し暴れたりされたので
救急車にきてもらって、先ほど病院に運ばれました」

・・・・・ん?

暴れた?

まれに凶暴性(!)のある低血糖症状になることがあるのですが
どうやら、そいつが出たみたい。

そういう時は,夫の中では
何だか、とてもいやなことを強要されていて
それを拒否している状態なのだそうです。

日ごろは、穏やかな人なのですが・・
会社の方もびっくりされたことでしょう。
病気のなせるわざとはいえ
申し訳ない気持ちでいっぱいです。

病院に駆けつけると
すでに、真人間に戻った夫が
「また、やっちゃったよ」と困った顔をしています。

運ばれた時の血糖値は29だったとか
ネクタイはなく、ワイシャツはくしゃくしゃ
少し血も付いています。
穿刺か点滴の時についたのでしょうか。

若い看護師さんが
「着いた時はだいぶ暴れたんですよぉ~
短い時間で、こんなに戻るんですねぇ」
と感心したように言いましたから
かなりの狼藉振りだったようです。

ブドウ糖が切れることでこんな状態になる人を
はじめて見たに違いありません。

そこに、処置してくださったらしいお医者さんがニコニコしながら
「やあ、正常になりましたね」とやってこられました。
「よく低血糖起こすんですか?」
「ハイ!しょっちゅうです」
私は、強くうなずきます。
何かこのお医者さん話しやすい

「頻繁で参ってるんです」
「インシュリンは何を使ってるんですか?」
「朝夕Rで、昼は30Rを」と夫
「ほう、変わった打ち方ですね
・・・そうすると、夕方5時くらいと、夜中の3時ごろに低血糖起こしやすいね」

エーーーッ!

分かってるやん、このセンセ!


「そうなんです!!まさしくその時間が魔の時刻で・・・」
「・・・山がね、あるんですよ。
その時間に打つと
ちょうど、夕方5時ごろと夜中3時ごろに山が来るんです」

ほうーなるほど・・・・なっとく


「で、センセ、何か改善する方法は・・・・」
わらにもすがる思いで聞きます。

「う~~ん、ランタスと、超速効のヒューマログなんかに変えてみたらどうかなあ」

出ましたランタス!

君はここにいたのか!


「でもインスリン変えるには、入院が必要なんじゃないですか?」と夫
「イーーエ、通院で行けますよ」

目の前バラ色

いけるんや、入院せんでも変えられるんや!

ああ、この先生に主治医になってもらいたい!

「いやあ、僕、来月から、××の○○病院に移るんですよ」

・・・・・残念~遠すぎるぅ~


それでも
暗闇の中、光明が見えた思いでした。

しかし夫は
変えるとなると、主治医がなんていうかなあとか
今までのコントロールが維持できるだろうか心配だとか
今のHbA1Cが悪くないだけに慎重発言

そりゃまあ
自分の体が実験台ですから
長年やりなれたことを変えるには
勇気も必要でしょう。

それより、こんなことが2度もあって面目ない。
会社でもう一回起こすようなことがあったら
辞めなきゃいけない!
と、悲愴な気持ちを抱いたようでした。

結局インスリンを変えるという冒険には踏み切れず
ハラハラと日を過ごすうち
それから1ヶ月も経たないのに
ついに会社での3度目の発作を起こしてしまうのです。

《回想》会社辞めますか?インスリン変えますか?

会社で3度も救急車のお世話になっては

もう、これは辞めざるを得ない!

定年まで1年を残して
夫は辞職を覚悟しました。
真面目ですから・・・・

私は・・・・と言うと
夫が毎日いる生活になる・・・やだなあ
せめて
夏のボーナスが出てからにしたら?
のほほんと、そんなことを思ったりしてました。


ところが
夫の辞職の意向に
やめてもらっては困る、会社には君が必要だ!・・・(あっ、そこまで言われてませんが!

ともかく
ひきとめていただき
仕事は続けることに・・・・

ヤレヤレ

そして
このままではいけない!と腹をくくった夫は
主治医に、インスリンの変更を申し入れる気になりました。

しかし
次の難題は
夫が主治医と仲良くないということ。

かつて
チップの枚数を巡る攻防などもあり
あの先生はIDDMの事は何にも分かってない、と
信頼していませんでした。

以心伝心ですから
そんな患者を先生が快く思うわけもなく
いつも非常に事務的な診察ぶりだったようです。
(私は夫から聞くだけなので、実際の様子は分かりませんが・・・・・)

そんな先生に
インスリンの変更を受け入れてもらえるか。
今までだって
特にコントロールが悪いわけではないんだから(今から思うと大して良くないのですが)
と、何のアドヴァイスもなかったわけですから
必要ないでしょう・・・とつれなく蹴られるのではないか・・・・・

ダメって言われても、食い下がってネ・・・!
私は励まして送り出しました。

結果は  






拍子抜けするほど簡単にOKが出た、と
その日のうちにオプチクリックの箱を持って帰って来ました。

なあんだ!

心配することなかったねえ

ほう、これが24時間効くというランタス
太いねえ!

おう、そしてこれが超速効のヒューマログ
もう早めに打つ必要はないね。

一つ一つが新鮮でした

しかし
夫はここでも慎重です。

急に変えて、もしこれ以上職場で何かあったらいけないから
家で対処のしやすい5月の連休まで待とう

まあ、過去に何度も痛い目を見ていますし
本人の不安も分かりますから
そういうことで手を打って

あと半月は、そのままで行くことにしました。

あと10日
あと一週間
あと3日・・・

2006年のゴールデンウィークを
息をつめる思いで指折り数えて待ちました。


思えばあの頃私は

インスリンを変えさえすれば
         
          すべてうまくいく
・・・・と

とても安直にバラ色の日々を夢見ていました。

《回想》バラ色の日々はやってくるか?

指折り数えて待っていた日がやってきました。

2006年4月28日
明日から、ゴールデンウィーク、会社は9連休という日の夜

ついにランタスの初打ちです。
8年間命をつないでくれた、そして散々無自覚低血糖を引き起こしたR達とはお別れ

何しろ、就寝前に打つっていうのは初めての経験です。

夜中の低血糖に悩まされてきた身としては
ちょっと怖い。

恐る恐る・・・・「今から打つからね」

「は、はい!」
緊張の瞬間です。

ランタスですから
その日は夜中にも測って確認・・・
うん大丈夫・・・ホッ


翌朝・・・・・・文句なしのいい数値!

朝ごはんからは超速効ヒューマログの出番です
食後2時間後も3時間後も、ウ~~~ンいい感じやわ
今日は、チップも惜しまず何回も測ります。

2日目もとても順調

よかったねえ、よかったねえ

3日・・・・高からず低からずを維持

4日・・・・・快調!

ホント、変えてよかった
こんなことなら、もっと早く切り替えておけばよかったね
Dr.もこんないいものがあるなら、さっさと教えてくれればいいのに・・・


世の中は、ゴールデンウィークを楽しむ人たちでいっぱいの中
我が家はただひたすら
血糖値だけを見つめての日が過ぎていきました。

すこぶる順調に・・・・




そして

7日目の夜

















ランタス打ち忘れ!

たった一週間で・・・・早すぎやー!

就寝前のインスリンというのが習慣化していないせいか
あまりの順調さに気が緩んだか・・・

バカバカ
こんな大事なこと忘れるなんて
・・・


深夜1時に測ったら異常に高く
ようやく打ち忘れに気づいたのです。

それからログを打ち足し
自転車漕ぎをして
それでも下がらないから、また打って自転車をこぎ・・・

3時すぎて、やっと200台に下がったからと
ようやく寝室にやって来ました。


翌朝
私が目覚めた7時頃には、すでにベッドは空

血糖値が気になって、ゆっくりと寝ていられなかったようです。

朝には正常な数値に戻ったと
朝食も、その後の散歩も済ませて
のんびりテレビを見ている、その時の夫に異常はありませんでした。


しかし、その後すぐ
私のバラ色の夢が壊れる時が来るのです。





《回想》夢の崩壊

ランタス・打ち忘れの翌朝


その時私は、休日の朝食をのんびり取っていました。

先に食事を済ませて、テレビを見ていた夫が黙って部屋を出て行きます。

トイレかな?
つけたままのテレビに目をやりながら、ボンヤリ思っていました。

すると
今出て行った夫が、すぐ戻ってきました。

「どしたん?何してるん?」
「いや、戸締り大丈夫かなと思って・・・」
・・・・・・・・
「ん???なんでー?」
「危ないから・・」
「何が???」
「何がって・・・危ないんだよ!

かつて低血糖の時に
「早く逃げた方がいい!」としきりに言った事があるのです。
正気に戻ってから聞くと
何か分からないけれど、危険が迫っている感じがしたのだそうです。
低血糖妄想と言うものなのでしょうか。

それだな!
と思いました。

「poco夫さん、低血糖よ。グルコレスキュー飲んで」
「なんで!」
「低血糖よ、血糖値上げないと」
「いやだ!飲まない!」

エーーーッ!

「じゃあ、ファンタグレープにしよう!」

「何でそんなもの飲まなきゃいけないんだ!」

先ほどまでの穏やかな表情は一変して
険しい顔です!

「テーケットーなのよ!ジュース飲んで」

夫は缶ジュースを飲ませようとする私の手を押さえつけ
力いっぱいのしかかってきます。

恐怖感をおぼえました。

「分かった、分かった、飲まなくていいから・・」
とりあえずここは落ち着かせなければ・・・・

プイと足音高く離れていった、夫はソファにドスンと座りました。

たまたまその時、実家の愛犬を連れてきていたのですが
何も分からないマルチーズのハナちゃんも様子に驚いたのか
夫のそばから離れようと前を横切りました。

「ハナ!こっちおいで!」と言う間もなく
夫は体重2キロの小さなハナを
ポンッと払いのけました。

「ハナに何するのーーッ!!」

大好きなお父さんに吹っ飛ばされて
驚いて逃げて行ったハナを探すと
洗面所のマットの上で小さく丸くなって震えています。


ハナが、かわいそうでかわいそうで
そして
一週間で崩れ去ってしまった私の夢が
悲しくて悲しくて・・・・


ハナを抱きしめて
おいおい泣きました。

インスリン変えても、やっぱりだめなのか・・・

期待とそれに続く喜びが大きかっただけに
わずか7日で訪れたこの時のショック、失望感は
忘れることができません


夫はというと
少し落ち着いたからか
「分かったよ、飲めばいいんだろ、飲めば!」
と、まだ語気荒いもののジュースを飲み干しました。

そして、しばらくしたら
まだシクシク泣いている私に向かって



「ごめん、僕何かした?」

・・・・・・・・・

低血糖のなせるわざとはいえ
しばらくは素直に口をきく気にはなれませんでした。


インスリンを変えたからといって
低血糖がなくなると思っていたわけではありません。
でも
効果のが小さくなるなら
悩みの種であった無自覚低血糖を少しは減らせるだろうと
希望を抱いていたのです。
そして7日間のあまりに順調さに
それは過度な期待になっていたようです。

後になって考えると
短時間に急激な血糖値の変化をおこしたために
あんなにひどい低血糖妄想になったのではないかと思います。

ショックな出来事ではありましたが
ただそれから後、ほぼ一年は
ひどい低血糖を起こすこともなく
無事に過ぎて行きましたので
インスリンの変更は成功と言えるでしょう。

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プロフィール

Author:poco
                夫は19年前に1型糖尿病発症。いろいろあったけどやっと落ち着いて過ごしだしたところに、思いもせぬ血管肉腫というガン宣告。
極めてまれなものということで一時は絶望的な思いに駆られましたが、週1回の抗がん剤点滴でがん細胞と折り合っているらしく、発症後3年目をなんとか無事にすごしています。
ちっとも甘くない生活だけど、ひょんなご縁でうちの子になったチワワのりく(♂8才)に癒される毎日です

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1型糖尿病とは

    

ある日突然、何らかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患。        発症原因も治療法も一般的な糖尿病とは異なります。 体内でインスリンを作れないので、毎日数回のインスリン自己注射をして血糖の上昇を防ぎます。           適切なインスリン注射により、仕事運動、旅行など健常の人となんら変わることのない生活を送ることもできるし、食事の制限もありません。     しかし、低血糖や高血糖に陥ることも多く、完治することはないので、このインシュリン注射は一日も休むことなく一生続けないといけないのです。

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