《回想》IDDM発病

夫のIDDM発病は1997年の春でした。
こんな不治の病になる何の前兆もなく
ただの風邪引きと思っていました。

夫は風邪小僧と異名を取るほど昔からよく風邪をひく人で
しかも一度引くと直りが悪い。
だからその時も、体調がスッキリしないのは
風邪が長引いているのだと
本人も私も思っていました。

その日、私が友達とのんびりランチして帰ってくると
夫から留守電が入っていました。
「急に入院することになりました、また後で連絡します」

??なんで???

朝はいつも通りに出勤して行ったのに

盲腸?
交通事故?

当時は携帯電話も持っていませんから
折り返し連絡を撮る訳にもいかず
イライラと連絡を待つばかりでした

数時間後、入院手続き完了したらしい本人から電話

血糖値が異常に高くて緊急入院することになったと言います。
ケットウチ?なにそれ

子供たちの帰宅を待って急いで病院に駆けつけました。

意外と元気そうで
「いやあ、こんなことになっちゃったよ」
と笑っている顔を見てホッとしたものの
なぜ入院が必要なのか
本人もよくわからない様子
釈然としないままでした

10日も入院すれば完治するものと思っていたのに
治療は一向に進展せず
結局入院は80日にも及び
ようやく退院する時には
一生治らない病であることが告げられました

人生のレールが、ちょっと向きを変えた瞬間でした


スポンサーサイト

《回想》発症後の変化・・・その1

IDDM発症時の入院は
80日間に及びました。

当初の診たては
急性膵炎ということでしたので
本人も私も完治するものと思っていました。

【インシュリン依存型糖尿病】と言う診断が下されてからも
いつか治るのではないかという希望を持っていました。

不治の病である、と言うことを
受け入れられるようになったのは
1年以上も経ったころではないでしょうか。


退院後は糖尿病初心者として
食生活は一変しました。

その①・・・禁酒
1年365日毎日欠かさず飲んでいたお酒をキッパリやめました。
宴会、飲み会ほとんど不参加
お正月のお屠蘇も、一滴も口にしませんでした。
一口飲むことで、決意がぐらついくのが怖かったのでしょうね。
膵臓治療が終わって
「お薬は必要ありませんと」先生のお墨付きが出るまで
4年間続きました。
えらい!
(でも今はちゃ~~んと飲んでまーす)

その②・・・甘党になる
発病前は
おまんじゅうやケーキは一切口にしませんでした。
好きでないと言うこともありますが
すべては酒がまずくなるから・・・・

ところが今では、私たちがケーキや和菓子を食べていると
「おっ、おいしそうだねえ」と目が輝きます。
和洋問わず甘いもの大好き人間になりました。

体質が変わるのでしょうか、不思議です。

ただ
甘いものを食べるのに後ろめたさを感じるのか
食べる前に必ず
「それ甘い?」って聞くんです。
甘いに決まってるのに・・・

「打って食べたら?」
というと「そうだね」
と少し安心したように食べたりします。

超速効だと、おやつなどにも対応しやすいと思うのに
甘いもの=血糖値の上昇=いけない事という
刷り込みからなかなか抜け出せないようです。

その③・・・お弁当を持っていく
お昼はカロリーを把握しやすいからと
お弁当を入れてくれと言われました。
えーーーーーっ
私は結婚以来初めて
夫のためにお弁当を入れることになりました。
ご飯は、きっちり200g
おかずは子供のお弁当と違って、油ものをひかえて
(当初は2型の栄養指導を受けていましたから)
得意の冷凍食品も使えません

必然的に、魚と野菜の煮物中心
いつも茶色っぽいお弁当でしたね(ごめんなさいね、poco夫さん)
しかしいかに手抜き弁当でも、毎日は面倒でした。

夫の退職で
一番うれしかったのはお弁当作りから開放されたことかも・・・


《回想》発症後の変化・・・その2

何でも大雑把、アバウトB型人間の私と正反対の夫は
発病後の自己管理も几帳面でした。

ウォーキングはそのひとつです。

退院直後から始めたウォーキング
食後の運動は血糖値を安定させるという
確固たる信念に基づいていますから毎食後です!

朝食後は、出勤前にバス通りを軽く20分ほど
昼食後は、会社の構内を30~40分
夕食後は、町内を40~50分

11年間一日3回、ほぼ毎日やってきました。

雨の日でも風の日でも
真夏の炎天下でも
雪のちらつく寒い日でも・・・
まさしく宮沢賢治状態!

家で自転車(フィットネス室内用)こいだら?と言っても
外を歩く方が気持ちがいいって出て行きます。

もうこうなると歯磨きと同じ
やらないと気持ち悪い、落ち着かない

だから旅先でもしかり

北海道のホテルに泊まった時は
周りがあまりにも暗くて歩けない・・・・というので
じゃあ、廊下を歩いたらと提案
提案者の私もお付き合いで
夫婦で、ホテルの1階から最上階までのフロアを全走破です。

町内一週ウォーキングでは飽き足らず
山歩きも始めました。

幸い、我が家から少し歩けば
そこはもう六甲山系の一つ摩耶山ですから
週末が来るたび山歩きです。

退院当初は、青白くガリガリで、いかにも病み上がり風だった体は
逞しいとは言えませんが
しっかり筋肉がついてきました。

そのうち体力に自信がついてくると
鳥取の大山や、大台ケ原、熊野古道、高野山などと
近畿のあちこちにも足を伸ばすようになりました。
凝り性O型のなせるわざです

登山など、したこともなかったのに
病気になったおかげで見つけた歩くことの楽しさ。

退職して暇になった今は
四国のお遍路さんをしてみたいと言い出しています。

これは、宿泊を伴いますので
一人で行くわけには行かない(夜中の低血糖が心配ですから)
「poco、一緒に行って」と言われているのですが
こちらは、時間と体力が不足

どなたか一緒に行ってくれる人はいないものかと・・・・


《回想》つらい日々

青天の霹靂ともいえる、IDDMの発症でしたが
退院後の生活に慣れてくると

「IDDMは何でも食べられるし
何でもできるし
インシュリンさえ打っていたら
普通と変わらない生活ができる、楽な病気」
・・・・
というような認識になってきました。

運動をするのは夫ですし
食事の量に気をつけるのも
好きなお酒を我慢しているのも夫です。
低血糖になっても、自分でちゃんと始末できますし・・・・

私は、当初こそ
糖尿病の本を買い込み
カロリーに気を配りながら献立を立て、記録し
と食事に気を使いましたが
夫が「僕が自分で加減して食べるから
pocoは今までどおり作ったらいいよ」と言ってくれたので
喜んでお言葉に甘えることに・・・・
油物と、糖分にだけは気をつけましたが。

お弁当を入れる手間は増えましたが
私の日常はほとんど変わることなく
のんきに夫を置いて友達との旅行なども楽しんでいました。



それが一変したのは
5~6年後
無自覚低血糖が頻発しだしてからです。

家で起こす無自覚低血糖だけでなく
電車の中で起こしたり
会社で起こしたりと言うことがおきてからは
毎日
会社から無事帰ってくるか、ひやひやものでした。

いつも帰ってくる時刻にチャイムが鳴らないと
途中で何かあったのではと心臓がバクバクしてきます。

無事に帰ってきても
帰り着いたときは、血糖値が下がって
フラフラだったり
そうでない時はたいていイライラの極致で
ブスッとして
ろくすっぽ口もききません

夜中は夜中で
いつあの叫び声が起きるかと思うと
寝床に入ってもしばらくは寝付けません。
夫の寝息の変化で、ハッとして飛び起きることもたびたびでした。

こんなに心配はしているけれど
万事が大雑把なB型ですから
なかなか、夫の要求するレベルの
細やかな気遣いはできなかったと見えて
帰宅後食事がすぐに出てこないから、と怒鳴られたことがあります。

「いつも、いつも遅れるじゃないかー!」って

たった5分の遅れやないの!
熱いものを熱く出すには
それくらいかかって当たり前でしょ!
自分の勝手やったら、早かろうが遅かろうが平気なくせに!
いつもいつもやなんて!
私がピッタリの時間に出すためにどれだけ苦労してると思ってるンよ!
どんなお料理屋さんに行ったって
私ほど早く出してくるところはないでしょうが!!!

日ごろは口数が少ないとはいえない私なのに
山ほどある心の中の言葉を発することもできず
悔しさと悲しさに立ちすくむ思いでした (おーー、けなげな妻っぽい)

何でもすぐに忘れてしまうのに
こういうことだけは、いつまでも憶えているものですね(笑)
本人は、そんなことを言ったことさえ忘れているでしょうが・・・・

うーーっ!こうして思い出しても腹がたってくるぅ

それからは
1分だって遅れてなるものかと、
意地になって食事の仕度をしていました。
(仕事を持っていますので、それはそれで結構大変でした)


夫が帰ってくると
今日のご機嫌はどうかな?と緊張する・・・

神経がピリピリするような日々でした

元来
人の顔色を見ながら暮らすようなタイプではありませんので(分かってるって?)
こんな気の遣い方、私らしくない!とよく思ったものです。


今、振り返ってみれば
働き盛りで、発病した夫は夫で
大きな挫折感を抱いていたのかもしれません。
仕事面では
会社の衛生課から残業禁止、出張禁止を言い渡されていましたから
充分な働きができないという歯がゆさもあったのでしょう。
愚痴めいたことは一言も言いませんでしたが
言葉にしない分
当たりやすいところに当たっていたのかもしれません。。


こんなままではいやだ!
この状況を変える方法がきっとある!


そんな思いを抱いての毎日が過ぎていきました。

カレンダー

01 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

プロフィール

Author:poco
                夫は19年前に1型糖尿病発症。いろいろあったけどやっと落ち着いて過ごしだしたところに、思いもせぬ血管肉腫というガン宣告。
極めてまれなものということで一時は絶望的な思いに駆られましたが、週1回の抗がん剤点滴でがん細胞と折り合っているらしく、発症後3年目をなんとか無事にすごしています。
ちっとも甘くない生活だけど、ひょんなご縁でうちの子になったチワワのりく(♂8才)に癒される毎日です

最近の記事+コメント

全記事一覧

カテゴリー

1型糖尿病とは

    

ある日突然、何らかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患。        発症原因も治療法も一般的な糖尿病とは異なります。 体内でインスリンを作れないので、毎日数回のインスリン自己注射をして血糖の上昇を防ぎます。           適切なインスリン注射により、仕事運動、旅行など健常の人となんら変わることのない生活を送ることもできるし、食事の制限もありません。     しかし、低血糖や高血糖に陥ることも多く、完治することはないので、このインシュリン注射は一日も休むことなく一生続けないといけないのです。

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

QRコード

QRコード

FC2