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《回想》会社で低血糖昏睡

深夜の低血糖昏睡から始まった
無自覚低血糖頻発時期の3~4年前には
注意を払っていたにもかかわらず
ついに会社内でも起こしてしまいました。


ある日の夕方
スーパーで買い物中に携帯が鳴りました。
待ち受け画面には夫の名前。
あれ、遅くなるって連絡かな?
と思いつつ、送話ボタンを押します。

「もしもし?」
聞こえてきたのは、男性の声でしたが夫ではありません。

瞬間
低血糖で何かあった!
と思いました。
過去に電車内低血糖事件がありますので・・・・

案の定
会社の方からの連絡で
様子がおかしいので、今救急車にきてもらったとのこと。
うちに電話しても留守なので
携帯を探し出してかけて下さったのだとか。

「Ⅰ型糖尿病の低血糖発作ですので、救急隊員にその旨伝えてください」と言います。
イチガタトーニョービョーですね?」
テーケットー?

我々にはなじみの言葉でも
何も知らない人にとっては、初めて聞く言葉なのでしょう。
何度か聞き返されます。

恐縮しながら、すぐ駆けつけると伝えますが
会社までは車を飛ばしても、小一時間はかかる距離です。
帰りのラッシュにひっかる時間だから、もっとかかるかも。
まあ今さらあわてても仕方ないかとは思うものの
気が急きます。

夫の病気を知っている人でも
こんなことが起きるとはご存じないでしょうから
さぞかし驚かれたことでしょう。
だから常々
周りの人にちゃんと病状を伝えておいてと言ってたのに


病院に着いた時には
意識が戻った夫が
「やっちゃったよ」と頭をかいていました。

これがまだ会社内でよかった
道や電車内(すでに経験済み)だったら大変だったと
会社の人は、励まして下さいましたが
夫はいたく責任を感じたようで
こんなことがまたあったら、辞めなきゃいけないなあ
と、帰りの車の中は暗い表情でした。

もう2度と起こしちゃいけない!
と、気を引き締めたはずなのに
会社内での低血糖昏睡
その後何度か起こしてしまうのです。
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定年男性の通る道

定年男性はこうあるべきと思ったか
退職後、夫は
我が家の小さな庭に家庭菜園を始めました。

もともと、土いじりが好きだったわけでもないので
知識もありません。

家庭菜園といっても
地面をちょっと掘り起こしただけで
買ってきた苗を植えただけ。

夫は「いや、 土も足したし
肥料もやった、ものすごーく大変だった」と言うのですが・・・・

とにかく、目につくまま
トマト、3本
きゅうり2本
ズッキーニ2本
ゴーヤ2本
朝顔2本
を、適当に植えました。

ゴーヤと朝顔は、茂らせて
日差しを遮らせるという壮大な目標がありますので
まだ10センチの丈もないころから
ちゃ~んと紐をわたして用意万端整えて
後は伸びるのを待つだけでした。

そして今日現在・・・・






朝顔だけは、何とか涼しげに花を咲かせてくれてはいますが

現在の収穫量
U字型に曲がったきゅうり2本
ちっちゃいトマト7~8個・・・・・サビシイ

ズッキーニもゴーヤも
花は咲けども実はならぬ太田道灌状態(これ、若い人には何のことか分からないだろうなあ)


足りないのは、肥料か、愛情か




ところが、昨日見つけたのです。
ちっちゃ~~~~なゴーヤが一本ぶら下がっているのを・・・
か・かっわいい
ゴーヤ
長さ、約10cm・・・

もっと大きくな~~れ
でないと、ゴーヤチャンプルにはなれないよ~。



poco夫さん

テレビの園芸番組しっかり見て
来年は、もう少し収穫できるといいね。


《回想》つらい日々

青天の霹靂ともいえる、IDDMの発症でしたが
退院後の生活に慣れてくると

「IDDMは何でも食べられるし
何でもできるし
インシュリンさえ打っていたら
普通と変わらない生活ができる、楽な病気」
・・・・
というような認識になってきました。

運動をするのは夫ですし
食事の量に気をつけるのも
好きなお酒を我慢しているのも夫です。
低血糖になっても、自分でちゃんと始末できますし・・・・

私は、当初こそ
糖尿病の本を買い込み
カロリーに気を配りながら献立を立て、記録し
と食事に気を使いましたが
夫が「僕が自分で加減して食べるから
pocoは今までどおり作ったらいいよ」と言ってくれたので
喜んでお言葉に甘えることに・・・・
油物と、糖分にだけは気をつけましたが。

お弁当を入れる手間は増えましたが
私の日常はほとんど変わることなく
のんきに夫を置いて友達との旅行なども楽しんでいました。



それが一変したのは
5~6年後
無自覚低血糖が頻発しだしてからです。

家で起こす無自覚低血糖だけでなく
電車の中で起こしたり
会社で起こしたりと言うことがおきてからは
毎日
会社から無事帰ってくるか、ひやひやものでした。

いつも帰ってくる時刻にチャイムが鳴らないと
途中で何かあったのではと心臓がバクバクしてきます。

無事に帰ってきても
帰り着いたときは、血糖値が下がって
フラフラだったり
そうでない時はたいていイライラの極致で
ブスッとして
ろくすっぽ口もききません

夜中は夜中で
いつあの叫び声が起きるかと思うと
寝床に入ってもしばらくは寝付けません。
夫の寝息の変化で、ハッとして飛び起きることもたびたびでした。

こんなに心配はしているけれど
万事が大雑把なB型ですから
なかなか、夫の要求するレベルの
細やかな気遣いはできなかったと見えて
帰宅後食事がすぐに出てこないから、と怒鳴られたことがあります。

「いつも、いつも遅れるじゃないかー!」って

たった5分の遅れやないの!
熱いものを熱く出すには
それくらいかかって当たり前でしょ!
自分の勝手やったら、早かろうが遅かろうが平気なくせに!
いつもいつもやなんて!
私がピッタリの時間に出すためにどれだけ苦労してると思ってるンよ!
どんなお料理屋さんに行ったって
私ほど早く出してくるところはないでしょうが!!!

日ごろは口数が少ないとはいえない私なのに
山ほどある心の中の言葉を発することもできず
悔しさと悲しさに立ちすくむ思いでした (おーー、けなげな妻っぽい)

何でもすぐに忘れてしまうのに
こういうことだけは、いつまでも憶えているものですね(笑)
本人は、そんなことを言ったことさえ忘れているでしょうが・・・・

うーーっ!こうして思い出しても腹がたってくるぅ

それからは
1分だって遅れてなるものかと、
意地になって食事の仕度をしていました。
(仕事を持っていますので、それはそれで結構大変でした)


夫が帰ってくると
今日のご機嫌はどうかな?と緊張する・・・

神経がピリピリするような日々でした

元来
人の顔色を見ながら暮らすようなタイプではありませんので(分かってるって?)
こんな気の遣い方、私らしくない!とよく思ったものです。


今、振り返ってみれば
働き盛りで、発病した夫は夫で
大きな挫折感を抱いていたのかもしれません。
仕事面では
会社の衛生課から残業禁止、出張禁止を言い渡されていましたから
充分な働きができないという歯がゆさもあったのでしょう。
愚痴めいたことは一言も言いませんでしたが
言葉にしない分
当たりやすいところに当たっていたのかもしれません。。


こんなままではいやだ!
この状況を変える方法がきっとある!


そんな思いを抱いての毎日が過ぎていきました。

シュじゃなくス!

昨日、バビさんて方のブログをのぞいてみたら
小児糖尿病発症時のことが書かれていました。

夫がそうだから
ついつい成人発症の方ばかり向いてしまうけれど
割合で行けば
小児発症の人の方が多いはず。

ある日急に、注射を打てだの
みんなが食べているおやつはダメだの言われた子供・・・

進学、就職、結婚・・・・

次々に現れる人生の岐路で
いつも病気を意識しなければいけない・・・

親御さんもどれほどの心配をされることでしょう

大変だろうな、なんてありきたりの言葉では
すまないご苦労があるのだろうな・・・

などと思いつつ
バビさんのあっけらかんとしてそれでいて
胸を打たれる文章を読んでいると
一つ気になるところがありました。

〔インリン(当時はインシュリンと呼んでいた)〕
という記述

あれえ、私インシュリンだと思ってた。

そう言われて
他の方のブログを改めて見直すと
み~~~んなインリンや!

あらま

夫に聞くと
「普通インスリンて言うけれど、別にインシュリンでもいいんじゃないの?」

えーーーっ!でも、みんなインスリンやもん!時代遅れやん

よし!
私もこれからインスリンにしよーッと!


至福の時、復活!

前々回の記事で
夫を散々こき下ろしておいて
いまさらですが
poco夫は血糖値の安定しているときは、優しい夫です。

(せっかち度はピカ一なので
そこで私とぶつかることは多いのですが・・・)

ですから
無自覚低血糖が顔を出すまでは
私が友達と旅行に行くことを
いつも快く、了解してくれていました(ひょっとしたらすごく喜んでいたのかも・・)ので
夫を置いての旅行をたびたび楽しんでいました。


しかし、いかにのんきな奥さんの私でも
無自覚が頻発しだしてからは
そうは行きません。

誘われるあの旅行、この旅行みんなあきらめました。
そのかわり「退職したら僕と一緒に行こう」って夫は言いました。

デモね、poco夫さん

あなたと行っても
夜はすぐ寝てしまうし
朝は早く起きないといけないし
おなかがすいてなくても、ご飯は食べないといけないし
ゆっくり買い物したくても、お店の外でイライラ待ってられたら
もういいや・・・って

その点、女同士だと・・・

もうやめましょうね。


私があきらめた中でも最も残念だったのが
高校の同級生4人との夏の旅行。
発病前から10年以上続く夏の恒例行事です。

暑さ知らずの信州蓼科の別荘(念を押すまでもありませんが、友達の別荘です)に
3泊4日滞在し
近くの高原を散策したり
DVDを見たり
交代で簡単な食事を作ったり
一度は、おしゃれなレストランでお食事・・・・というのがお約束
その間、絶え間ないおしゃべりが朝から晩まで続きます。

自分らでご飯作って
掃除して、洗濯して
家と一緒やないか
そんなもん、どこが楽しい?
と、夫たちはあきれ顔ですが
これぞ至福の時・・・・なのです。

夫は行けばいい、と言ってはくれましたが
帰ってきたら夫が泡吹いて倒れてた
というのでは、悔やんでも悔やみきれません

暑い神戸で
涼しい信州に思いを馳せる年が続きました。



そして今年・・・・

「行ってきたらいいよ」

夫はやっぱり優しく言ってくれました。

「そう?大丈夫かなあ?」

「pocoがいない時は、高めで行くから」

大きな低血糖もここんところ起こしていない
仕事もやめたから、落ち着いて自己管理ができるし・・・

朝晩の安否確認メールを入れてもらうことにし
近所の友達に鍵を預けて
「何かの時には、飛び込んで!」
と頼みました。
「まかしとき!」
頼もしい親友は胸をたたいてくれました。



という訳で
明日から4日間
至福の時を過ごしてまいりま~~す。

どうぞ無事に過ぎますように・・・

あ~~心配!

明朝から、夫を一人にして旅行に出かけるというのに
今日は朝からボンヤリ低血糖

朝「とくダネ」を見てたら
小倉智明さんが、オリンピック取材のため
北京入りしたニュースを伝えていました。
そのスーツケースの中をテレビカメラが映すと
何と、端っこになじみのペンニードルの箱が!
テルモという字も見えた!

「ねえねえ、小倉さん
いっぱい糖尿グッズ持って行ってるよ!
ハードな取材やのに、低血糖対策は大丈夫かなぁ?」

いつもなら、こういう話題には
グッと食いついてくるはずなのに
「フ~~ン」

「フ~~ン」って・・・・・
あとコメントなし?
おかしい・・・・

「低血糖とちがう?」
「いいや、眠いだけ」
眠い?それが問題や!

確かに昨夜、謎の高血糖で
何度かインスリンを打ち足し
それでも下がらず
深夜3:30ごろから起きているのではありますが・・・

眠い?

「血糖値、測って!」
「そ~う?」
測定器を手渡してもノロノロ
じっと手を見たり・・・石川啄木やってる場合じゃない

ほら貸して!チップを差し込む。

穿刺は自分でしたから40くらいかな・・・

ドンピシャ41

ファンタグレープ100cc注入!

あ~~~ぁ
明日から4日間
大丈夫だろうか

浮かれ気分がしぼんでしまいました。

でも、行くのはやめません!
バスも予約してるし・・・ねっ!

帰るなり・・・・!

肌寒いほどの空気の中
女4人で3泊4日
のんびり、ゆったりと過ごして参りました。

同級生っていいですね!
年齢を取り繕う頃もなく
今だから言える過去の恥ずかしい話や、悪事(?)の暴露
パジャマ姿、すっぴん、太いおなかも平気で見せて
時の過ぎるのを忘れ、笑い興じました。

ただ以前は
深夜3時4時も平気だったのに
就寝時刻は、年々早まって
今年は、オリンピックを見ながらしゃべっていたら
いつの間にか、あっという間に全員撃沈の毎日でした。

そんな、かしましくも楽しい蓼科の旅は
あっという間に終わり
昨夜遅く帰宅しました。


4日間の留守中は
何事もなく
この調子なら
以前みたいにこれからちょくちょく夫を置いて出かけられるかな?
と思っておりました・・・・・・・・のに




今朝、目覚めたら
夫、となりのベッドで低血糖発生中(-_-;)

昨夜帰った時には
夫は爆睡中だったので
まだ、ただいまも言ってないのに
あ~~ぁ、いきなりかよ


グルコレスキュー飲ませて15分ほどで正気に・・・・


留守中は
ちょっと高めを心がけたら、うんと高めになることが多かったので
昨夜は私が帰るから、安心して
就寝前の補食を控えた結果だとか


う~~~ん、でもね
それって、ちょっともたれすぎじゃあありませんか?

《回想》状況は変えられるのか?

夫は2年半ほど前までは
発病当時の医師の指示のまま
速効型のRを朝夕2回、そして昼に混合型30Rを打っていました。
就寝前はなしです。

とても変則的なうち方だったらしいのですが
ただ、それでもそこそこのHbA1C(6.5前後)だったので
転勤に伴って次に変わった病院のドクターからも
変える必要はないでしょうと言われ
10年前に指示されたインスリンと打ち方そのままできていました。

でもその数値は
たびたび低血糖を起こすほどの
ギリギリコントロールの結果であり
本人の努力と、家族の不安に支えられたものでした。

昏睡で、救急車で運ばれたことを伝えても
医師からは
「気をつけてください」という言葉だけで
特にそれを改善するためのアドバイスは、何もありません。

低血糖を減らすための策を教えてもらってくるかと
検査日を心待ちにしていた私は
いつもガッカリ
「気をつけて下さいくらいなら誰でもいえる!」と憤ったものです。

このまま
夫の低血糖を心配しながらの日々が続くのか。
何とかできないのか・・・

しかし
周りに相談できる同病の人もいません。

夜毎、パソコンでIDDMの情報を探しました。
そうしたら
最近発病した人は、みんな夫のとは違うインスリンを使っているよう・・・・

ログ?ラピッド?

ランタスに変えたという記述も多い・・・・・
ランタスってどんなお薬なんだろう・・・・

そして、みんな短い期間どんどんHbA1cを下げている!

「僕がこれだけ苦労して、何度も低血糖を起こしながらこの数字なのに
この人は、なんでこんな数値が出せるんだ!」
コクボさんの素晴らしいコントロールを見て、夫は羨望のまなざしで言いました。

インスリンを変えたり、打つ時間を変えることで
何とかできるんじゃないか。

先生に頼んでみたら、と
何度も夫に言いました。

夫は
インスリンを変えるとなると
きっと何日も教育入院しなければならないだろう
仕事の都合でそんなことはできない
もし変えるなら、退職してからだ、の一点張りです。

あと数年、このままの状態で行くしかないのか・・・


そんな状況を変えるきっかけになったのが
皮肉にも、またもや会社で起こした低血糖発作だったのです。

《回想》ランタスとの出会い

2006年3月のことです

「もしもし、○○社のAと申しますが・・
ご主人の様子がおかしいのですが」
と夕方の電話

うぁー、またもや会社で低血糖か

意識はあるがボンヤリしているらしい
前回の低血糖発作
夫の病気のことはすこし分かって下さった方らしく
ジュースを飲ませてくださったとか

「たびたびご迷惑かけて申し訳ありません
机の中にキューブを入れているはずなんですが
3個(ジュース飲んでるからそれくらいでいいかな)食べさせてもらえますか?
私はすぐにそちらに向かいます」

携帯と財布を握って、車に飛び乗る。
会社まで、車で1時間近く。

途中会社に電話を入れる
「どんな様子でしょうか?」
「何かとても苦しそうで、少し暴れたりされたので
救急車にきてもらって、先ほど病院に運ばれました」

・・・・・ん?

暴れた?

まれに凶暴性(!)のある低血糖症状になることがあるのですが
どうやら、そいつが出たみたい。

そういう時は,夫の中では
何だか、とてもいやなことを強要されていて
それを拒否している状態なのだそうです。

日ごろは、穏やかな人なのですが・・
会社の方もびっくりされたことでしょう。
病気のなせるわざとはいえ
申し訳ない気持ちでいっぱいです。

病院に駆けつけると
すでに、真人間に戻った夫が
「また、やっちゃったよ」と困った顔をしています。

運ばれた時の血糖値は29だったとか
ネクタイはなく、ワイシャツはくしゃくしゃ
少し血も付いています。
穿刺か点滴の時についたのでしょうか。

若い看護師さんが
「着いた時はだいぶ暴れたんですよぉ~
短い時間で、こんなに戻るんですねぇ」
と感心したように言いましたから
かなりの狼藉振りだったようです。

ブドウ糖が切れることでこんな状態になる人を
はじめて見たに違いありません。

そこに、処置してくださったらしいお医者さんがニコニコしながら
「やあ、正常になりましたね」とやってこられました。
「よく低血糖起こすんですか?」
「ハイ!しょっちゅうです」
私は、強くうなずきます。
何かこのお医者さん話しやすい

「頻繁で参ってるんです」
「インシュリンは何を使ってるんですか?」
「朝夕Rで、昼は30Rを」と夫
「ほう、変わった打ち方ですね
・・・そうすると、夕方5時くらいと、夜中の3時ごろに低血糖起こしやすいね」

エーーーッ!

分かってるやん、このセンセ!


「そうなんです!!まさしくその時間が魔の時刻で・・・」
「・・・山がね、あるんですよ。
その時間に打つと
ちょうど、夕方5時ごろと夜中3時ごろに山が来るんです」

ほうーなるほど・・・・なっとく


「で、センセ、何か改善する方法は・・・・」
わらにもすがる思いで聞きます。

「う~~ん、ランタスと、超速効のヒューマログなんかに変えてみたらどうかなあ」

出ましたランタス!

君はここにいたのか!


「でもインスリン変えるには、入院が必要なんじゃないですか?」と夫
「イーーエ、通院で行けますよ」

目の前バラ色

いけるんや、入院せんでも変えられるんや!

ああ、この先生に主治医になってもらいたい!

「いやあ、僕、来月から、××の○○病院に移るんですよ」

・・・・・残念~遠すぎるぅ~


それでも
暗闇の中、光明が見えた思いでした。

しかし夫は
変えるとなると、主治医がなんていうかなあとか
今までのコントロールが維持できるだろうか心配だとか
今のHbA1Cが悪くないだけに慎重発言

そりゃまあ
自分の体が実験台ですから
長年やりなれたことを変えるには
勇気も必要でしょう。

それより、こんなことが2度もあって面目ない。
会社でもう一回起こすようなことがあったら
辞めなきゃいけない!
と、悲愴な気持ちを抱いたようでした。

結局インスリンを変えるという冒険には踏み切れず
ハラハラと日を過ごすうち
それから1ヶ月も経たないのに
ついに会社での3度目の発作を起こしてしまうのです。

《回想》会社辞めますか?インスリン変えますか?

会社で3度も救急車のお世話になっては

もう、これは辞めざるを得ない!

定年まで1年を残して
夫は辞職を覚悟しました。
真面目ですから・・・・

私は・・・・と言うと
夫が毎日いる生活になる・・・やだなあ
せめて
夏のボーナスが出てからにしたら?
のほほんと、そんなことを思ったりしてました。


ところが
夫の辞職の意向に
やめてもらっては困る、会社には君が必要だ!・・・(あっ、そこまで言われてませんが!

ともかく
ひきとめていただき
仕事は続けることに・・・・

ヤレヤレ

そして
このままではいけない!と腹をくくった夫は
主治医に、インスリンの変更を申し入れる気になりました。

しかし
次の難題は
夫が主治医と仲良くないということ。

かつて
チップの枚数を巡る攻防などもあり
あの先生はIDDMの事は何にも分かってない、と
信頼していませんでした。

以心伝心ですから
そんな患者を先生が快く思うわけもなく
いつも非常に事務的な診察ぶりだったようです。
(私は夫から聞くだけなので、実際の様子は分かりませんが・・・・・)

そんな先生に
インスリンの変更を受け入れてもらえるか。
今までだって
特にコントロールが悪いわけではないんだから(今から思うと大して良くないのですが)
と、何のアドヴァイスもなかったわけですから
必要ないでしょう・・・とつれなく蹴られるのではないか・・・・・

ダメって言われても、食い下がってネ・・・!
私は励まして送り出しました。

結果は  






拍子抜けするほど簡単にOKが出た、と
その日のうちにオプチクリックの箱を持って帰って来ました。

なあんだ!

心配することなかったねえ

ほう、これが24時間効くというランタス
太いねえ!

おう、そしてこれが超速効のヒューマログ
もう早めに打つ必要はないね。

一つ一つが新鮮でした

しかし
夫はここでも慎重です。

急に変えて、もしこれ以上職場で何かあったらいけないから
家で対処のしやすい5月の連休まで待とう

まあ、過去に何度も痛い目を見ていますし
本人の不安も分かりますから
そういうことで手を打って

あと半月は、そのままで行くことにしました。

あと10日
あと一週間
あと3日・・・

2006年のゴールデンウィークを
息をつめる思いで指折り数えて待ちました。


思えばあの頃私は

インスリンを変えさえすれば
         
          すべてうまくいく
・・・・と

とても安直にバラ色の日々を夢見ていました。

《回想》バラ色の日々はやってくるか?

指折り数えて待っていた日がやってきました。

2006年4月28日
明日から、ゴールデンウィーク、会社は9連休という日の夜

ついにランタスの初打ちです。
8年間命をつないでくれた、そして散々無自覚低血糖を引き起こしたR達とはお別れ

何しろ、就寝前に打つっていうのは初めての経験です。

夜中の低血糖に悩まされてきた身としては
ちょっと怖い。

恐る恐る・・・・「今から打つからね」

「は、はい!」
緊張の瞬間です。

ランタスですから
その日は夜中にも測って確認・・・
うん大丈夫・・・ホッ


翌朝・・・・・・文句なしのいい数値!

朝ごはんからは超速効ヒューマログの出番です
食後2時間後も3時間後も、ウ~~~ンいい感じやわ
今日は、チップも惜しまず何回も測ります。

2日目もとても順調

よかったねえ、よかったねえ

3日・・・・高からず低からずを維持

4日・・・・・快調!

ホント、変えてよかった
こんなことなら、もっと早く切り替えておけばよかったね
Dr.もこんないいものがあるなら、さっさと教えてくれればいいのに・・・


世の中は、ゴールデンウィークを楽しむ人たちでいっぱいの中
我が家はただひたすら
血糖値だけを見つめての日が過ぎていきました。

すこぶる順調に・・・・




そして

7日目の夜

















ランタス打ち忘れ!

たった一週間で・・・・早すぎやー!

就寝前のインスリンというのが習慣化していないせいか
あまりの順調さに気が緩んだか・・・

バカバカ
こんな大事なこと忘れるなんて
・・・


深夜1時に測ったら異常に高く
ようやく打ち忘れに気づいたのです。

それからログを打ち足し
自転車漕ぎをして
それでも下がらないから、また打って自転車をこぎ・・・

3時すぎて、やっと200台に下がったからと
ようやく寝室にやって来ました。


翌朝
私が目覚めた7時頃には、すでにベッドは空

血糖値が気になって、ゆっくりと寝ていられなかったようです。

朝には正常な数値に戻ったと
朝食も、その後の散歩も済ませて
のんびりテレビを見ている、その時の夫に異常はありませんでした。


しかし、その後すぐ
私のバラ色の夢が壊れる時が来るのです。





《回想》夢の崩壊

ランタス・打ち忘れの翌朝


その時私は、休日の朝食をのんびり取っていました。

先に食事を済ませて、テレビを見ていた夫が黙って部屋を出て行きます。

トイレかな?
つけたままのテレビに目をやりながら、ボンヤリ思っていました。

すると
今出て行った夫が、すぐ戻ってきました。

「どしたん?何してるん?」
「いや、戸締り大丈夫かなと思って・・・」
・・・・・・・・
「ん???なんでー?」
「危ないから・・」
「何が???」
「何がって・・・危ないんだよ!

かつて低血糖の時に
「早く逃げた方がいい!」としきりに言った事があるのです。
正気に戻ってから聞くと
何か分からないけれど、危険が迫っている感じがしたのだそうです。
低血糖妄想と言うものなのでしょうか。

それだな!
と思いました。

「poco夫さん、低血糖よ。グルコレスキュー飲んで」
「なんで!」
「低血糖よ、血糖値上げないと」
「いやだ!飲まない!」

エーーーッ!

「じゃあ、ファンタグレープにしよう!」

「何でそんなもの飲まなきゃいけないんだ!」

先ほどまでの穏やかな表情は一変して
険しい顔です!

「テーケットーなのよ!ジュース飲んで」

夫は缶ジュースを飲ませようとする私の手を押さえつけ
力いっぱいのしかかってきます。

恐怖感をおぼえました。

「分かった、分かった、飲まなくていいから・・」
とりあえずここは落ち着かせなければ・・・・

プイと足音高く離れていった、夫はソファにドスンと座りました。

たまたまその時、実家の愛犬を連れてきていたのですが
何も分からないマルチーズのハナちゃんも様子に驚いたのか
夫のそばから離れようと前を横切りました。

「ハナ!こっちおいで!」と言う間もなく
夫は体重2キロの小さなハナを
ポンッと払いのけました。

「ハナに何するのーーッ!!」

大好きなお父さんに吹っ飛ばされて
驚いて逃げて行ったハナを探すと
洗面所のマットの上で小さく丸くなって震えています。


ハナが、かわいそうでかわいそうで
そして
一週間で崩れ去ってしまった私の夢が
悲しくて悲しくて・・・・


ハナを抱きしめて
おいおい泣きました。

インスリン変えても、やっぱりだめなのか・・・

期待とそれに続く喜びが大きかっただけに
わずか7日で訪れたこの時のショック、失望感は
忘れることができません


夫はというと
少し落ち着いたからか
「分かったよ、飲めばいいんだろ、飲めば!」
と、まだ語気荒いもののジュースを飲み干しました。

そして、しばらくしたら
まだシクシク泣いている私に向かって



「ごめん、僕何かした?」

・・・・・・・・・

低血糖のなせるわざとはいえ
しばらくは素直に口をきく気にはなれませんでした。


インスリンを変えたからといって
低血糖がなくなると思っていたわけではありません。
でも
効果のが小さくなるなら
悩みの種であった無自覚低血糖を少しは減らせるだろうと
希望を抱いていたのです。
そして7日間のあまりに順調さに
それは過度な期待になっていたようです。

後になって考えると
短時間に急激な血糖値の変化をおこしたために
あんなにひどい低血糖妄想になったのではないかと思います。

ショックな出来事ではありましたが
ただそれから後、ほぼ一年は
ひどい低血糖を起こすこともなく
無事に過ぎて行きましたので
インスリンの変更は成功と言えるでしょう。

運を使う

昨日、自治会の夏祭りで、こんなん当りました

景品


キャリーバッグですと・・・・
   




どうせ当りっこないからと、お祭り会場に行ってなかったら

[pocoさん、3等当ってるよ!」って

メールが次々に・・・
ありがたいですね、隣人は。

大急ぎで引換証を持っていくと
あら、4等はビール6本セット
どうせならこっちの方がよかったなあ(私は飲みませんが)

「私、ビールがいいです!」
「奥さん、酒屋じゃないんで注文聞けないんです・・・・・」


さて、このキャリーバッグ
何入れよう・・・・



しかし
こんなところで、運を使っていいのか・・・・

プン!プン!プン!

今日、私はかかりつけの医院に行きました。
いえ、風邪をひいたわけでも、熱を出したわけでもありません。

今年1月に受けた人間ドックの結果で
2~3の事項について再検査の通知があったのを
何ヶ月も放っていたので
まあ一度診ておいてもらおうかと思って行っただけなんです。

先生の診たてによると
これくらいなら特に異常はないと思うが
まあ念のため検査しておこうか、ということで
予想通り,何も心配する必要もなさそうでした。


問題は、その後の事です。

「ただいま~」と家に帰ったら、夫はTV鑑賞中でした。

おなかをすかせて帰りを待っていたのでしょう。
すぐに食事にとりかかりましたが
目はテレビの方を向いたままで
「どうだった?」の一言もありません

私は、病院に行ってきたんです。
スーパーに買い物に行ってきたわけではありません!



「どうだったくらい聞いてくれてもいいんじゃないの?」

「だって、コレステロールが高いだけなんだろ?」

たとえそれだけとしても
病院に行ってきたら「どうだったのかな?」って思うのが普通でしょう?


「どうだった?」って聞いてくれたら
「これこれこうでね」と簡単に説明し
「それより病院でね・・・」と先生の物まねでもして
いつもの食事風景に戻るつもりでした。

ところが
私が病院に行ってきても
「どうだった」の一言もないのですよ!
相手のことを気にかけていたら、出てくるでしょう!
「どうだった?」って

何年か前
体調が悪く、熱も少しあった日のことを思い出しました。

昼間にお医者さんに行って、お薬はもらってきていました。
夫は会社から帰ってきても
テーブルの上の薬の袋にさえ気が付きません。
しんどそうな(はずの)私に
「あれ?どうかしたの?」という言葉はついにありませんでした。

ああ、この人は私がぶっ倒れでもしないと
わたしのしんどさに気付きもしないのだろう・・・と心の中に冷たい風が吹く思いでした。

私は、アナタのHbA1cの結果に一緒に一喜一憂し
就寝前のランタスの打ち忘れに何度も気付き
血糖値を測るから、夜中に起こしてくれと言われれば
目覚ましかけたら、なんて意地悪は言わずに、チャーンと起こし
ちょっとボンヤリした気配があれば、サッサと感知し
旅先でも、家で低血糖起こしてないかと心配し

いつも、いつも、いつも、いつもアナタの体調を心配してるのに・・・・

それなのに、私が病院に行ってきても

「どうだった?」の

一言もないわけ?





定年後の生活になってから夫は
ずいぶん協力的です。

最近私はゴミ出しをしたことがありません。
早起きの夫が出してくれるのです。

私がブログに夢中で食後の後片付けを放ったままにしていると
洗ってくれたりもします。

友達とのランチにだって嫌な顔せず送り出してくれます。

優しいいい夫だと思う時もいっぱいあります。


でも今日は頭にきました。
しばらく口利いてやるもんか


《回想》真夜中に消えた夫

技のデパートは舞の海ですが
さしずめ
夫は、IDDM界の舞の海かな?

いや、相撲が強いわけでなく
様々な低血糖症状を起こしたということで・・・・

過去に書きましたが
救急車のお世話になった無自覚低血糖や
悲しい低血糖妄想などの他にも
こんな間抜けな低血糖もありました。

冬の夜でした
いつものように、かなりの時差就寝で、私が寝室に行ったら
夫の姿がベッドに見えません。

トイレかな?と思いつつ
ベッドにもぐりこみました。

ところが、いつまでたっても、戻ってくる気配がないのです。

もしやトイレで倒れているのでは・・・
面倒くさいなと思いながらも
見に行きました。

あれーーーっ?
いない!

さほど大きい家ではありませんのに
どこに行ってしまったのでしょう。

まさか布団の奥にもぐりこんでるのでは?
と布団をはがしてみます

いない!

ベッドから落ちたのかも・・と
到底入れそうにないベッドの下ものぞいて見ました。

いない!!(当たり前や!)

恐る恐る、洋服ダンスをあけてみた私は、何を考えていたのでしょう。

隣の部屋にも・・・・・いない・・・・・

夫はどこにいってしまったのか・・・・・

深夜に人が消えた!ホラーです



「poco夫さん!poco夫さん!!」

何回目かの呼びかけに
「ウ~~~ン?」と言う小さな声

「どこ?どこにいるの?」

次の返事はありません。


声の聞こえた方向は今は空き部屋になっている息子の部屋・・・・

こわごわ、そ~~~~~~ッと開けてみると



わぁーーー!








夫が息子のベッドで寝ているではありませんか。(エヘヘ、騒いだ割に大したことなくてすみません)

「poco夫さん!何してるの!」

「ムニュムニュ、ねむい~~~
「眠いのか~~じゃそこで寝てたら?」

・・・・・・ってわけには行きません。

グルコレスキューを飲ませた後
じっと様子を見てたけれど
暖房もない部屋です。寒い~~~。

もう大丈夫だろうと、自分のベッドにもどります。

しばらくしたら夫が
あ~~寒い寒いと言いながら帰ってきました。

そして
「僕、なんであんなところで寝てたんだろう」


「私と一緒に寝るのが嫌なら言ってね~
    いつでもpoco娘の部屋に移るから・・・」

わざと嫌がらせ言ってやりました








救急車の乗り心地

夫は、2004年秋を皮切りに
2007年春までの間に、7回低血糖昏睡をおこし
そのうち6回救急車のご厄介になっています。
(なんというタイトなコントロールをしていたのでしょう!って言うかひどすぎ!)

そのうち私が同乗したのは、3回

本人は意識がないので
何回乗っても、寝心地も乗り心地も分からず、残念がっていますが(笑)
私は、もうすっかり要領が分かり
サッサと乗り込み、サッサと座ります

普通、救急隊員の方が2人そばに付き添ってくださいますので
家族は大勢乗れません。
誰が乗るかは、救急車が到着するまでに
あらかじめ相談しておいたほうがいいでしょう(って、オイ!)

赤信号も関係なく
前を走る車がさっと脇にどいてくれて走るのは
ちょっといい気分(コラッ!)


救急車は
通報したらすぐに来てはくれるけれど
なかなか出発しません。

受け入れ先病院を探すからです。

まず症状を言って、受け入れてくれるかどうかを確認
OKが出るまで出発しませんから、結構時間がかかるのです。
ここ、ちょっとイライラします。

最近、救急間患者の受け入れ拒否のニュースを
たびたび耳にしますが
一刻を争う病状の患者さんの場合
この時間はどんなに歯がゆいことだろうと思います。

低血糖による昏睡は、処置が簡単だからか
今まで受け入れを断られたことはありません。


意識不明の状態の時に駆けつけて下さる救急隊員の方々は
闇夜の灯りのように
それはそれは心強い存在ですが
意外や、血糖値の測定すらしてはいけないんですって!
(救急救命士の資格を持った人はいいようです)

その場で、ブドウ糖の注射をしていただけたら
それで済むのに、と思ってお願いしたことがあるのですが
「僕ら、それはできないんです」って。
なるほど
注射は医療行為ですから、医師免許を持った人しかできないのですね。

その時、血糖測定もしてはいけないんだということもおっしゃったのです。
血糖測定も医療行為なのかしら?
でも、家族がするのは、まったく問題ないのだそうです。

どういう線引きがあるのでしょうか。

以前、家族ならグルカゴン(血糖を上昇させるホルモン剤)注射ができる
という情報を耳にして
当時のかかりつけ医に頼んでもらったことがあります。

結局、病院が許可してないとかの理由で、出してはもらえませんでしたが
これなんかも、救急隊員はしてはいけないことなのかも知れません。



とにかく、一生救急車と縁なく過ごす人がほとんどの中で
3回も乗れてラッキー!・・・・・なわけがありません!

願わくば

4回目がありませんように・・・







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                夫は20年前に1型糖尿病発症。いろいろあったけどやっと落ち着いて過ごしだしたところに、思いもせぬ血管肉腫というガン宣告。
極めてまれなものということで一時は絶望的な思いに駆られましたが、週1回の抗がん剤点滴でがん細胞と折り合っているらしく、無事に4年目にはいりました。
ちっとも甘くない生活だけど、初孫(♀1歳)とひょんなご縁でうちの子になったチワワのりく(♂9才)に癒される毎日です

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1型糖尿病とは

    

ある日突然、何らかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患。        発症原因も治療法も一般的な糖尿病とは異なります。 体内でインスリンを作れないので、毎日数回のインスリン自己注射をして血糖の上昇を防ぎます。           適切なインスリン注射により、仕事運動、旅行など健常の人となんら変わることのない生活を送ることもできるし、食事の制限もありません。     しかし、低血糖や高血糖に陥ることも多く、完治することはないので、このインシュリン注射は一日も休むことなく一生続けないといけないのです。

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