明と暗と

夫、昨日定期検診に行きました
先月忘れた針も持って(^^ゞ

いつもなら「先生と何か話しした?」って聞いても
「いや、別に」って言うのが常なのに
今回は聞いてもいないのに
「先生に褒められたよ」って。

夫の場合、低血糖感知力を高めるために「HbA1cは6.5前後にしましょう!」
と言われているのですが
このところずっと6.1~6.4なので
「目標値をずっと維持できるのは素晴らしい!」と評価して下さったらしいのです
いくつになっても褒められるのはうれしいようです
しかも
「この数値なら、まず合併症は出ません!」と太鼓判を押して下さったとか

何より励まされる言葉です

昨年8月の受診時に低血糖を起こして以来、10か月間無自覚低血糖は皆無
この調子だと、1年間無事というのも夢ではないな
・・・・・と思った昨夜でした


そして数時間後の今日、明け方・・・・

雨音に交じって、早起きの鳥の声が聞こえるのを
まだ眠い頭の中で聞いていました
何時頃なんだろう・・・ふと思った直後

「あ~~!」
夢でも見たような声が隣のベッドから聞こえました

低血糖だ!
「poco夫さん!poco夫さん!」と声をかけると
ガバッと飛び起きた夫は「何?どうした?」
あれ!やっぱり夢見たのかな?

「低血糖じゃないの?」と聞くと
「大丈夫、違うよ」と言ってそのまま寝ようとします

「でも叫び声上げてたよ、夢でも見たの?」
「うん、pocoに言われたこと考えてたら寝られなくなっちゃったよ」
「えっ!私が何を言ったの?」
「血糖値がフニャフニャフニャ・・・」
こりゃまさしく低血糖じゃないか

「グルコレスキュー飲んで」
と言うと
「飲まなくていいよ、ただの低血糖じゃないよ!」という
いいえ、ただの低血糖です!

拒否されたら困るなあと思ったけど、意外にも素直に飲んでくれる
あとキューブ2個で、ブドウ糖計15g

測定のために穿刺器のセットをしていると
「それ何?」と夫が聞きます
「血出す棒」
「血出す棒?貸して」と言うので
ひょっとして戻ったかなと思いながら渡すと
ひねくりまわしているので、こりゃまだダメだと分かります

時刻は4時半
15-15ルールに従えば15分後に測定だけど
私の数々の経験から行くと
15分後ではまだ上がりきっておらず
そこで慌ててブドウ糖追加すると、その後の急上昇でエライことになるので
30分待つことにします

布団に入ってじっとしていると
灯りがうるさいと言わんばかりに枕元のスタンドを消す夫
ナニ?いやがらせか
しかしスタンドのスイッチの位置が分かってる
なんだこの低血糖
やっぱりただの低血糖じゃないのか(笑)

そして5時
測定しようとスタンドをつけると
夫が、今初めて気付いたように「あれ!やっちゃった?」
どうやら蘇ったようです

測定は本人に任せます。65
まだ上がりきってないと思えるので、もう追加補食はしないで様子を見ることにしました

ここしばらくは、平和に過ごしてはいましたが
このまま一生行けるはずはない
いつかまたこういうことがあるのでは、と覚悟はしていましたから
昏睡にまで至らない軽目のものだったこともあり
久しぶりの夜中の低血糖にもかかわらず
以前ほど大きなショックは受けませんでした

この程度の低血糖騒ぎなら
日常の中のひとコマのように淡々と過ぎ
その後は、いつもとなんら変わらぬ朝の風景が繰り広げられるというのも
何だかこの病気と、相入れ合ったような気がするのです

そして10か月で途絶えてしまった無自覚なし記録ですが
次の記録更新を目指して、またもやリセットすることにいたしましょう








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夏が来れば

思い返せば、10数年前のこの時期

夫(北海道育ち)が急に「北海道旅行しよう!」と言い出したのです

そりゃまあ私は兵庫県出身ですが
兵庫のすべてを知っているわけではなく
て言うか知らない所の方が多いわけで
県内を旅行したことだってあるわけだから
北海道出身のあなたが、北海道に行きたいというのも不思議はないけれど・・・

ともかく
「僕も北海道で暮らした年月より、離れてからの年月の方が長くなった
改めて彼の地を旅してみたい」・・と言ったか言わなかったか忘れたけれど
夫が選んだ北海道ツアーに参加したわけです

大阪から千歳に飛び、まずはトマムへ
その後富良野、小樽、登別、長万部、大沼公園を経て函館へ
そして札幌に戻るこの盛りだくさんのコースをたったの2泊3日で巡るというツアーです
さすが効率重視の人が選んだだけある

しかし
北海道は、ご存じのとおりでっかいどー・・

道央から道南までを押さえるこのコース、かなりの移動距離です
バスは、連日早朝出発で一日5~700キロ走りました

確かに、富良野のラベンダー畑は見ごろで美しかったし
小樽も函館もいい街だったし
大沼公園では、チョコっと船に乗るなんて小技も入ってる
しかし、いかんせんそれぞれの滞在時間が短い。
疲れは重く印象は軽い

その旅の最後に私は決意したのです
「もうこんなツアーはやめよう!」

効率が悪くてもいい
行きたいところにだけ行き、いたいだけいられる旅をしよう

それ以来ほとんどツアーを利用しなくなりました


さて、ここ数年
夏が来るたび、夫は“尾瀬”に行こうというのですが
かなり歩かないといけないと聞くので
健脚には程遠い私は
無理無理、行くならおひとりでどうぞ、とつれないお返事をするのが常でした

はるかな尾瀬~は遠い空のままで終わるかな、と思っていたのですが
10日ほど前、旅行社の折り込みチラシに目が留まりました

“花咲く尾瀬大自然紀行 3日間”・・・というものです

特急サンダーバードで富山まで行き
尾瀬ヶ原を6時間自由散策
前後2泊は温泉か
ほう!

と思って見ていると「それどう?」と夫の声

どうやら、私に見せるように置いていた模様

自由に散策なら、それぞれの脚力に合わせて歩けばいいし
設定の日程もうまい具合に合う
温泉も魅力だし・・・「う~ん、いいかも・・」
「よし、じゃ決めるよ!」
夫は善は急げとばかりに旅行社に連絡

久しぶりのツアー参加が即決です

そして先日行って参りました、水芭蕉が盛りの“遥かな尾瀬”へ

尾瀬

夏の思い出」の歌詞そのままの尾瀬でした
だけど、足が痛くなってしまったアラカンモタモタ歩き詳細は、次回に・・・

遥かな尾瀬

6月5日の尾瀬紀行 

尾瀬への入り方はいろいろあるようですが
我々は一番ポピュラーな鳩待峠から入りました

はとまちとうげ・・・・かわいい名前です

鳩待峠

バスが午前10時に着いた時には
ロッジの前にはもうかなりの人がいました
山歩きは出来るだけ早く出発が基本のようです

さあ、ここからは完全自由
各々の脚力に合わせて
4時までにはここに戻って来るということになっています

6時間あれば、余裕・・・・って思うでしょ?

でも、写真でよく見る、花が咲き乱れ木道が続く♪遥かな尾瀬~のあの景色は
ここから1時間ほど下った所から広がっているのです
帰りに要する時間や、お弁当を食べる時間を考えると
そんなにのんびりしてはいられません

ガンガン行きたい夫は
まあ行ける所まで行って引き返せばいいや、なんてヤワなことを考えている妻を置いて
さっさと出発して行きました

「pocoが心配だから一緒に行くよ」なんてことは、これぽッちも言わずにねッ

私も「低血糖に気をつけて~景色も見てね~」と見送っておきました

尾瀬のマップ(ごく一部)です
尾瀬マップ
夫は赤のルートを行き
青のルートで行く私とは、三角形の底辺のどこかで落ち合えるだろう、という計算です

さあ、それでは私も出発することにしましょう

下りでスタートっていうのは、うれしいね

すぐに階段や階段

片側通行

木道が続きます

このように
雪が木道を覆い隠すほど
残っているところも



樹木の間から見える残雪の至仏山や
残雪の至仏山
林の中に現れる水芭蕉の群れが
鳩待峠~山の鼻
目を楽しませてくれます

木道は右側通行というルールがあって
早く行きたい人は向こうからの人が途切れた時を見計らって
反対車線ならぬ反対木道で追い越せばいいから
私のように写真を撮りながらトロトロ歩いていてもそんなに焦らなくても大丈夫

のんびり歩いて小一時間で最初のポイント山の鼻が見えてきました
山の鼻

ロッジの前は一休みする人でにぎわっていますが
そんなに疲れも感じないので、先へ進むことに

ここからがいわゆる尾瀬ヶ原なんですね
標識1

もうね、そこからすぐに広がるんですよ
「夏の思い出の世界」が
水芭蕉の花が咲いている~夢見て咲いている水のほとり
尾瀬ヶ原

曇り空が幸いして暑すぎず、トレッキングには最適(写真には最悪)

前には、尾瀬が原最高峰、燧ヶ岳(ひうちがたけ)
燧ヶ岳
うしろには残雪の至仏山(しぶつさん)

前後に広がる湿原
さまざまな鳥たちのさえずり

山ガール達のカラフルな装いも楽しく
山ガール

「あ~~気持ちいい」と、何度ひとりごちたことでしょう

そうしているうちに2つ目のポイント牛首を過ぎました
ここはロッジも何もない、単なる休憩スポット
お弁当を広げているグループも多いです
牛首

夫は東電小屋方面に歩いて行ったはず・・私は竜宮方向に向かいます
標識

東電小屋という名称からもわかるように
尾瀬国立公園の約4割の土地をかの東京電力が所有しているんですね
木道には設置された年度と共に東電のマークの押されたものも多数ありました
木道修復費用だけでも1mで12万円かかるのだとか
原発事故の賠償費用ねん出のため土地の売却案が浮上しているそうですし
今後の維持管理が気に懸かるところです

しばらく歩き続けたところで休憩してたら、向こうからくる夫発見
や~~久しぶり、元気だった?
再会
じゃあ、ここでお弁当にしよう
無論、ゴミはつまようじ1本だって残さず持ちかえりますよ

さて帰り道になって
1ヶ月ほど前から時々痛んでいた右足かかと部分が音を上げ出して
足を下ろすたび痛みが出てきました
エライこっちゃ
でも王子様は私のこのふくよかなBodyを背負って歩けるほど逞しくない
歩かなくっちゃ仕方ないのです

持参のステッキにすがり、時には夫に引っ張ってもらうという
情けないことになっているくせに
パラパラしだした雨がちょっとうれしかったのは
この日のために買った「岳」に似た色の(と思ってたけどかなり違う)レインウエアを着ることができたから
index0519.jpg同じ色かと

というミーハー婆であります


尾瀬は期待にたがわぬ素晴らしい場所でした

是非もう一度、今度は違う季節に行ってみたいと思います
その時までには、しっかり足を鍛え直しておかないとね・・・大丈夫かなあ

関節悲鳴歌

何やかやで3週連続休んだヨガに行ったら

んまあ、節々が悲鳴を上げるのなんのって

関節が錆ついたらしい
梅雨時の湿り気でカビてるのかも

キシキシ
ゴリゴリと音が聞こえそうな感じ

ケンケンケンケン肩甲骨
コッコッコッコ 股関節
カタカタカタカタ肩関節
つるつるつるつる足がつる

なんてしょうもない歌を頭に浮かべながら
イテテイテテと1時間半

もともとかなり老朽化の上
油分不足と来てるから
少々動かしたところで
円滑な動きにまでは戻るはずもないけれど
いい汗かきました


さっ、昼寝すっか


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プロフィール

Author:poco
                夫は19年前に1型糖尿病発症。いろいろあったけどやっと落ち着いて過ごしだしたところに、思いもせぬ血管肉腫というガン宣告。
極めてまれなものということで一時は絶望的な思いに駆られましたが、週1回の抗がん剤点滴でがん細胞と折り合っているらしく、発症後3年目をなんとか無事にすごしています。
ちっとも甘くない生活だけど、ひょんなご縁でうちの子になったチワワのりく(♂8才)に癒される毎日です

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1型糖尿病とは

    

ある日突然、何らかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患。        発症原因も治療法も一般的な糖尿病とは異なります。 体内でインスリンを作れないので、毎日数回のインスリン自己注射をして血糖の上昇を防ぎます。           適切なインスリン注射により、仕事運動、旅行など健常の人となんら変わることのない生活を送ることもできるし、食事の制限もありません。     しかし、低血糖や高血糖に陥ることも多く、完治することはないので、このインシュリン注射は一日も休むことなく一生続けないといけないのです。

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