その後のホーリーバジル

最強のハーブというホーリーバジルのその後

芽が出たのを見計らって直植えにし
期待に満ちて、毎日毎日お水もやったけど

何日たっても成長の気配なし(´・ω・`)
しらん顔

なので・・・・・

ティバッグ買いました( ゚Д゚)
伝票

代金引換なので、クロネコのお兄さんが
「この嵩(かさ)でこの値段ですか!高いお茶ですねえ」ってびっくりしてるので

「これは最強のハーブなんだって。体にいいらしいので一回試して見ようと思ってね」
って言ったら
「効果があったら教えてください」だって(^^♪

ちなみに1.2g入り50袋で3200円(送料、代引き込み)
ホーリーバジル

確かに、高いといえば高いけど効果があるなら安いもの

急須に熱湯を注いで入れてもいいらしいが
どうせなら煮出した方が成分がよく出るような気がするので
1Lのお湯に2袋入れて10分ほど煮立ててみました

味は・・・・・びみょう・・・・おいしいとは言い難いがまずくもない

せっせと飲んで頂戴と、早速夕食時に夫に出したけれど
どうもこっちの方がいいらしく
好物
あとで飲む・・・だって

オイッ!


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切ない

神様は、よくよく私がノンビリするのがお嫌なようだ

母が骨折した。

近くのグループホームのお世話になって10ヶ月
なんとかホームでの生活も軌道に乗った矢先なのに。

フラッとよろけて、坐りこむような感じだったらしいのだが、枯れ木のようになった骨はもろく、右大腿の骨折となった。

折悪しく、名古屋の息子の新居に招かれ夫と出向いている所に連絡が入った。
ホームの連携病院に運んで下さったという。
緊急性はないというので、留守番の娘に頼んで、その日の晩は息子宅で過ごしたけれど、せっかくの夕食のご馳走も味気ない

翌日は伊勢に寄ってもう一泊する予定をキャンセルして、帰宅
すくに入院先に向かった。

母は顔を見るなり
「ごめんねー、迷惑かけて」
と言った
前日に、息子の所に行くと言ったことをちゃんと覚えていたのだ。
意外にも怪我した時のこともしっかり記憶していて
「チョンと腰をついただけやのに、なんでこんなことになったんやろ、情けない」と言う

「もうすぐ90やもん、仕方ないよ」
と慰めるが
手術~リハビリとなると、退院まで2ヶ月はかかるだろうと看護師さんが言われる。

入院したのが土曜日の遅くだったので、翌日曜日も何も治療はなく、ただ週明けの診察を待つしか術はなく
ウトウトと寝てばかりいる母を見ていると

認知度が進むのではないか
歩けなくなってしまうのではないか
このままオムツになってしまうのではないか
様々な杞憂が頭をよぎって
せつなさが募るばかりです




転院

母の入院は土曜日の夕刻だったので、特に何の処置もなく、翌日曜日もただじっと寝かされたまま

痛い?と聞くとジッとしてるからどうもない、と言い、覚醒してるのかしてないのか、時折目を開けるがほとんど静かに寝ている。

先生とは月曜まで会えない

日曜の夜
隣の病室で、看護師さんが「もう!なんでこんなことしたん!」と患者に声を荒げているのを聞いた
「○○さん、拘束しとかな!」という声も遠慮なく耳に入ってくる

おむつを外したらいけないから、とサッサと下半身拘束の服を着せられた母が
トイレに行きたいと言う
今はもちろん動かせない。尿瓶でさせてもらえないか、と看護師さんに聞いたら
「ダメですよ、それに今までおむつで何回もしてますよ!」と言われた

看護の実態を知らないものが文句は言えない

以前より、ここはどんな患者でも受け入れてくれる施設ということで、それなりの存在意義がある病院だと思っていたのだが
何だろう、このザラッとしたいやな感じは。

看護師に手術はいつごろになりそうかと聞いたら
パソコンを見て、母の前にもいくつかの手術が控えているので
来週になると思う、と言う
この状態で一週間以上!?そんなに待てない!
一刻も早く手術をして一刻も早くリハビリを開始してほしいのに

そんなに!?という私にリハビリはみなさん大体2か月くらいかかってますよ、と、ますます焦りを掻き立てられるようなことも言われる

リハビリに2ヶ月もかかるなら
うちのすぐそばの病院に転院しようか

この病院も家から歩いて10分ちょっと。
車なら5分もあれば着くのだから決して遠くはないけれど
あっちは、とにかく近い。一日に何回だって行ける
それにあそこはもっと大きいから、手術だって早いかもしれない

月曜日、先生と初めてお会いするころには、すっかり転院の気持ちは固まっていた

先生は快く次の病院への連絡を取って下さり、相談員の人が介護タクシーの手配事務手続きを迅速にしてくれたので、2時前には転院先の病院に行くことができた

改めてレントゲンを撮り、いくつかの検査の結果、手術は、今日明日というわけにはいかないが、3~4日後にはできるだろう
その後のリハビリは3週間から1か月、と言われたので
転院は正解だったようだ

病室に落ち着いたのは夕方
ストレッチャーに乗せられたまま、あちこち運ばれた母は疲れただろう
私も夕食の介助などして帰った時には、くたくただったけれど
手術の目処が立って、気持ちが少し軽くなった。



母の心

母が目を閉じたまま
つらい・・・という

からだがつらいのではなく
こころがつらいのだ

うごかない体
もやもやとかすむ頭

そんな自分が嫌なんだろう
他人の手を借りなければ何一つできない自分が悲しいのだろう

病院が近いので、日に2~3度のぞく
一日の最後に、お母さん帰るね、また明日来るねというと
母は必ず「ありがとう」とか細く言う
「気にしてもらわんでもいいよ」ということもある

隣のベッドのお婆さんみたいに
もっとわがままでいいのに
あれが食べたい、何を持ってきてと言ってほしいのに

年を取るって、悲しいなあ

私は、病院を出ると空を眺めて深呼吸するようになった

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Author:poco
                夫は19年前に1型糖尿病発症。いろいろあったけどやっと落ち着いて過ごしだしたところに、思いもせぬ血管肉腫というガン宣告。
極めてまれなものということで一時は絶望的な思いに駆られましたが、週1回の抗がん剤点滴でがん細胞と折り合っているらしく、発症後3年目をなんとか無事にすごしています。
ちっとも甘くない生活だけど、ひょんなご縁でうちの子になったチワワのりく(♂8才)に癒される毎日です

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1型糖尿病とは

    

ある日突然、何らかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患。        発症原因も治療法も一般的な糖尿病とは異なります。 体内でインスリンを作れないので、毎日数回のインスリン自己注射をして血糖の上昇を防ぎます。           適切なインスリン注射により、仕事運動、旅行など健常の人となんら変わることのない生活を送ることもできるし、食事の制限もありません。     しかし、低血糖や高血糖に陥ることも多く、完治することはないので、このインシュリン注射は一日も休むことなく一生続けないといけないのです。

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